相変わらずの圧倒的な姿。
映画の中のような、現実とは思えない光景に感じる。
はるか昔は左右の岩はくっついていて、それが割れたところに大木も生えてきている。
人間の時間の流れとは違う、地球の大きな時間の流れを感じさせてくれる。
この岩に初めて出逢ったのは、2018年の秋。
ヒロキチさん、あややさんとレッドブルアシュラの本戦で訪れた時だった。
レッドブルイベントのためにKBAの方々が開拓してくれて、苔の多い熊野で、この巨大な岩もキレイに掃除されていた。
ワクワクするようなイベントでKBAや運営の方々には本当に感謝している。
この時は、真向鯨に一目惚れしていて、その初登に夢中だった。この岩にも挑戦したが、3分の1の高さで怖くなり、マットもスポットも潤沢だったのに登ることができなかった。
こんな岩は、自分には登れない。
そう考えていた。
それから2年後。
岩にどんどんのめり込み自信もつけていた僕は、アゲハのシーズンが始まる前に福田さん、くぎやんと再び訪れた。
色々な課題で一通りセッションすると、成長を確かめたくなり、再びこの岩に取り付く。
福田さんは、岩場一緒に登ってきた時間が最も長く、一番信頼するスポッターでもある。
小川山のエイハブ船長のリップからマット外に飛んで行く僕を、キレイにコントロールして何事もなかったかのように着地させてくれたこともある。
福田さんのスポットとアドバイスがあれば登ることができるかもしれない。
そう考えて取り付くと、思い切って立ち上がって行く。
2分の1ぐらいまで来ると、その先にホールドが見当たらない。下を見ると今までに感じたことがない高さ。
やはり無理だ。
そう思って、重ねてもらったマットに飛び降りる。2重のマットでも腰にくるダメージ。
やはりこの岩は僕には登れない。
そう思って自分の感情に蓋を閉じた。
これほどキレイな岩なのに、自分には登ることができない。まさに映画の中の世界で、別物だと思うことにした。
あれから1年半。
そこまで時間が経った訳でもなく、クライミング能力が大きく成長したとは思えない。
アゲハに登った。ただそれだけ。
2週間前に岩を見上げた時に、蓋をしたはずの感情が膨れ上がって漏れ出してきた。
やはり登りたい。
話が少し逸れる。
少し前にクライミング界隈で話題になっていたクライミングスタイルの話。
ノーマットスタイルこそ至高という雰囲気に、疑問を投げかけていた愛読ブログの『いちゃりばちゃーでー』
マットもたしかに影響は大きいが「人」の要素の方が大きいのではないか。とはいえセッションを否定するものではない。登りたい岩があるのなら、2人だろうが1人だろうが登る。
まさにその通りだと共感していた。
僕は普段ノーマットで登ることはない。
単に勇気がないからだ。
でもセッション相手がいなかろうが、登りたい岩は登りに行く。
そして、この大きなスラブを登りたくなってしまった。
ようやく、冒頭に戻る。
朝から粉末ラジオを聴きながら熊野に向かう。ちょうど熊野の手前で、熊野の大忘年会の話題になっていた。
何かいい気分になって車を止めると、マットを2枚担いで岩に向かう。
アップもそこそこに岩の前に立つが、あまりムーブを覚えていない。
前回どこまで行ったかもいまいち分からない。
上の方を見るが、ホールドを見つけられず、ラインが見えてこない。
とりあえず取り付くしかない。
1トライめ。
3年前に到達した地点ぐらいで、やはり怖くて飛び降りる。
この高さならまだ大丈夫。仮にスリップしてもマットの上なら問題ないだろう。
2トライめ。
1年半前同様2分の1程度まで到達。
上がってきたものの、明確なラインとムーブが見いだせない。
手を伸ばして持っている1センチほどのホールドに立ちあがるしかないのか。
ふと、下を見ると、マットがかなり小さくなっている。前にもこの高さまできたはずなのに、一人だからか、より小さく感じる。
だめだ。
そう思って何とか少しクライムダウンをして飛び降りる。
やはり自分には無理なのか。
いや、何しに4時間近くかけて熊野まで来たのか。
そんなことを考えながら、マットに座り込む。
平日ということもあってエリアには誰もいない。上部で落ちたらただでは済まないだろう高さ。
脚を負傷程度にとどまったとしても、助けてもらえる人はいない。
それが恐怖心を増幅させる。
大きく深呼吸をして、温かいお茶を飲む。
絶対登れる。
そう言い聞かせて、岩を見上げる。
3トライめ。
先ほどよりスムーズに2分の1の地点までたどり着く。
しかし、スラブにおいてはガバである1センチほどのホールドを離すことができない。
それでもそのホールドに立ち上がったら、その先にある小さなピンチに届きそうな気がする。
ただ、このホールドに立ち上がったらもう戻ることはできない。
クライムダウンできるようなホールドはないし、落ちたら大怪我、変な着地になったら死ぬかもしれない。
そして、このホールドに立つにはハイステップで乗り込むしかない。
下は見ず、湧き上がる恐怖心を全て殺して、右足をあげる。
少し乗り込んで左足を切ると、小さなピンチに届く。
やばい、見た目より悪い。
このホールドでは身体を引き上げることはできない。左足に戻ることはできない。身動きが取れない。
冷や汗が出てきそうだが、深呼吸をして抑え込む。焦ってもいいことはない。
改めて使えそうなホールドを探す。
左は既に探したし、右に探すか。と思った瞬間思わず2度見をした。
僅かだが使えそうな粒がある。
ボルダリング中にホールド2度見したのは初めてかもしれない。
思い切って、デッド気味に左手を見つけたホールドにあげると、思い切って立ち上がる。
立ち上がって見ると、リップは近い。
届くはず。
踵をあげて左手を伸ばす。
リップを取るが、焦って足の荷重が抜けないように、息を吐く。
冷静にマントルを返して、岩の上に。
自分に勝った。
大きく声をだすと、2回手を叩く。
自分がここにいることが信じられなかった。
書き出すとめっちゃ長くなってしまった。
これを最後まで読む人は、おそらくいないだろう。
そんな人に一つ伝えることがあるとすれば、この文章はここまでに2を22回使っているということ。
そんな2並びの日だった。