北山アゲハ

忘れないために、忘れるために、振り返る

黒部五郎岳 ヤマダリング

「マットがあったらあの一手を出せたのに」
そんな言い訳をしたくなかった。

4月にスカイハイのイベントで草野さんの北アルプスボルダリングツアーの話を聞いて以来、山上でのボルダリングがずっと頭から離れなかった。

登山も好き。
ボルダリングも好き。

たまにどっちが好きか聞かれることがあるけど、それは「仕事と私どっちが大事なの?」と同じぐらい答えに詰まる質問だ。

そんな大好きな登山とボルダリングを両方兼ね備えた山のボルダリングことヤマダリング。草野さんの話を聞くまでは、北アルプスでボルダーをすることはあまり考えたことがなかった。

登山は登山、ボルダリングボルダリング。勝手に自分で分けていたけど、広い括りでいくとどちらもクライミング。本来線引きする必要なんてないはず。

ヤマダリングすると決めるが不安はある。普段から一人で登ることが多い自分にとっては、身を守ってくれるスポッターがいないと、守ってくれるのはクラッシュパッドのみ。
でも黒部五郎岳までのコースタイムは最短でも11時間ある。そんな道のりをマットを担いでいく体力は持ち合わせていない。

ノーマットで登るべきか。
そんなときに粉末ラジオで話をしていた、クライムヘッズのEOLを思い出した。前に御岳でズミさんがお勧めしてくれていた、小ぶりなマット。調べてみると重さは約2.3キロ。
テントより少し重いぐらいか。これならいける。迷わず作成をお願いした。

マットが完成すると、北アルプスの前に摩耶山でテスト。ザックのさらに後ろにマットをつけるため重心が後ろにくるので、やや歩きが辛くなる。それでもいけると判断して、黒部五郎岳でのヤマダリングを決定。あとはひたすら天気予報と睨めっこを続ける。
梅雨末期で翌日の天気予報もろくに当たらないなか、連休の天気は雨の予報。

それでも晴れ男の力を信じて突っ込むことに。最短ルートである飛越から入山。飛越新道のぬかるみの次元を超えたタプついた道に苦しみながら北ノ又岳に着くと青空が出迎えてくれた。

そこから見える黒部五郎岳。あの向こうまで行かないといけないのか。マットやらクライミングシューズで、小屋泊なのにテント泊装備より重い荷物を担いで疲れはてた両脚が嫌がっている。

疲れてはいるものの、テンションは上がっていて急ぎ足で黒部五郎岳へ。稜線歩きは気持ちよく、気づけば黒部五郎岳。眼下に広がる黒部五郎岳カールにはボルダーが文字通りゴロゴロと転がっている。

その中でも一際目立った雷岩。
上から見ても一軒家より大きいのではないかと思うサイズの岩が真ん中で真っ二つに割れている。
あれに登りたい!そう思うと無意識に口笛を吹きながらカールへ降っていく。

手頃な岩でアップを済ませると、目当ての雷岩へ。近づいてみると想像以上の大きさに圧倒される。

まずはぐるりと一周。グッとくるラインを探す。正確にはグッときて、自分が登れそうなラインか。
一周すると、被っているところにガバカチを繋いでガバに思いっきり出る気持ちのいいラインを発見。

これは登りたい。
そう決めると核心の一手で落ちそうなところにクライムヘッズのマットを設置。
下には石も転がっていて、マット無しでトライするのは躊躇われる。特に北アルプスの岩は普段からボラダラーが取り付いているわけではないので、岩が安定していない感じがする。

その不安を消す。
「マットがあったらできたんだけどなー」その言い訳という退路を自分で断つ。そんなダサい言い訳はしたくない。

意を決して集中すると岩に取り付く。
一手目。
右手を止めた瞬間、ガバカチと思った自分を恨む。130度ぐらいあるのは計算してなかった。
二手目。
同じくガバカチとは言えない。急いで次の手を出すと、縦カチを取って核心の一手に備える。

縦カチが抜けそうだ。
飛び出せるか。
大丈夫、すっぽ抜けても、核心取り損ねてもマットがある。

思い切ってガバに飛び出すと、気持ちよく身体が振られて止まった。

これはガバだ。

そのままクラックに沿って右に上がるとマントルの体勢に。この下にはマットはない。
一度マントル返しかけるも抜けて落ちそうで怖くて、身体を落としてから、さらに先でマントルを試みる。
岩がかけないか慎重に確かめながら、苦手なスローパーを抑えてマントルを返すと、一歩ずつ噛み締めて岩の上へ。

課題なんてない。
グレードもない。

ただカッコいい岩の登りたいところを登る。

普段の岩場では、既に課題が存在して知られていて中々できることではない。
標高2500mの山の上だからできること。

長い時間かけて登ってきて良かった。そう思って、撮影した動画を見返す。


核心の一手でマットに足を擦っていた。