北山アゲハ

忘れないために、忘れるために、振り返る

草野さんの足跡を追いかけて

2023夏 

登山スタイルが大きく変わった。
今までと同様に日本アルプスには向かうが、山頂を目指すことは無い。

完全にヤマダリングが目的の山行ばかりの夏となった。

ヤマダリングのシーズンインは白山から。
1度目は悪天候によりエクストリームボルダリングを余儀なくされる。
しかし、睡魔と寒さで朦朧としていた頭が、岩を触った瞬間に覚醒した感覚があり
岩登りの凄さを改めて感じることに。



リベンジは最高の天気に恵まれる。
室堂までの道中も少し岩に登りつつ、メインの大汝峰周辺へ。

1度目のガスの中では分からなかったが、ボルダー天国だった。
遠くの方からかっこいい岩を見つけては近づいて登る。
近づいて圧倒されて諦めることもあるが、ひたすらその繰り返し。

山の中では大きなボルダーマットを持っていくことが難しいので、
クライムヘッズの小型マットを使っているが、やはり着地は気を使う。
結果、リスクのある課題はなかなか取り付くことができず、
自分のコントロール下にあるラインが主になる。

そんな中でも、遠くから一目惚れした岩のど真ん中を直上するラインが
自分にとってちょうどいい難しさだったのは奇跡的だ。



白山の次は涸沢へ。
これは、ヤマダリング目的というわけでもない。
一度でいいから北アルプスの絶景を妻に見て欲しかっただけだ。

六甲山や木曽駒ケ岳程度の登山経験しか無い妻は不安そうであったが、
冒険と挑戦にワクワクもしていた。
しかし天気予報は二日とも曇りや雨。朝だけ晴れるかもしれないという予報。
せっかく行っても雨なら意味がないかと思って妻に尋ねると「行く!」との返事。
「天気は強気」という自分の中の主義を忘れかけていた。

歩いたことの無い距離を、しかも山道を歩いたからか妻の脚はボロボロで本谷橋の時点で悲鳴を上げていた。
諦めて戻るかどうか確認するも、絶対行きたいという信念を持っている。
痛い足を引きずりながら、涸沢に着いた時の笑顔はとても素敵だった。

強気が功を奏したのか、少しガスはあるものの穂高連峰が見渡せる。
雨が降る前に少しでもと思い、涸沢の岩の海へ向かう。

妻はガレ場を歩く余裕はないので、遠くから見学。
数本登ると、少し悩みながら遠くに見えるキューブ状の岩へ向かう。
昨年涸沢に来た時に、ラインを見出すことができずに取り付くことをしなかった岩。
やはりカッコよさは際立っていて、吸い寄せられるように向かっていった。

昨年は何も見いだせなかったが、少しばかりヤマダリング経験値があがっているのか
中間部までは見出すことができた。
後は突っ込んで、上部のホールドを見つけるだけ。

1トライ目。探せども何も見つからない。そしてある程度の高さがあるから怖さもある。
クライムダウンして着地。振り返って遠くの妻を見ると、表情は分からないが残念そうな雰囲気が出ている。
気合を入れ直さないと。ここまで歩いてきた妻はもっと頑張ったはず。

2トライ目。中間部まで進むも見当たらない。不安の残るスタンスのハイステップしかないのか。
妻が見ている前でまたしても降りるわけには行かない。
スラブは信じることが大切だという草野さんのロクスノの記事を思い出して立ち上がる。
踏めている。しっかりと足に圧を掛けて慎重にリップへ手を伸ばし、マントルを返す。

去年の自分に打ち勝った。


振り変えるとやはり表情は分からないが、妻から満面の笑みの雰囲気を感じることができた。さらに妻の頑張りは報われ、満天の星空も真っ赤に染まるモルゲンロートも見ることができた。

 


さて、タイトルに戻り草野さんの足跡を辿って槍ヶ岳に。

スカイハイの草野さんイベントで見た槍ヶ岳の下にある槍より鋭いような三角形のボルダー。
この岩を登ってみたくて、今シーズンのメインイベントに据える。

僕の人生で一番数多く山頂に立っているであろう槍ヶ岳
その足元の殺生ヒュッテ近辺にボルダーがあるとは全く気にも留めていなかった。
登山は登山。ボルダリングボルダリング。その意識だと、山の中のボルダーはついつい見過ごしてしまう。
岩の存在に気付くことすらない。
登山中でもボルダーを探すつもりで歩いていると、途中の沢にもいくつか転がっていた。

気に入ったものを見つけては登るというヤマダリングスタイルで殺生ヒュッテに着くと、
目当ての岩を探す。

しかし、なかなか見つからない。
そんなはずはない。あれほどきれいな三角形の岩が無いはずがない。
そう思って東鎌尾根の岩壁を見ると、そこにその姿はあった。

少なくとも僕の認識ではボルダーではない。
岩壁の一部だ。
そして何より急斜面の中にある。

まさかと思って確かめるも、やはりあのそびえ立つ三角が草野さんが登った岩だ。
あれをボルダリングの登攀対象と思えるのか。
やはり自分とは次元が違う。

やめよう。他にもボルダーは沢山ある。
そう思いかけたが、何のためにここまで歩いてきたのかと自分に言い聞かせ、まずは近づいてみることに。

しかし、近づくことすら難易度が高い。誰も足を踏み入れないゾーンにあり、崩れ行くガレ場の急斜面を登っていく。

手も使いながら、足元を崩さないように慎重に一歩ずつ。
時間をかけてボルダーの足元に辿り着くと、想像をはるかに超える大きさと角度だった。
またしても葛藤。
戻ろうかどうしようか。

数分自問自答を繰り返し、何とか岩に取り付く。
足元は急斜面地。マットの上に落ちてもそのまま数十メートルガレ場を転がり落ちるのではないか。
数手進んで足元を見ると恐怖心がさらに高まる。
高度感も岩の高さだけではなく、その下のガレ場の登りも含めて襲ってくる。

ダメだ。

自分の限界を思い知らされながらクライムダウンをする。
1メートルほどしか登っていないのではないか。
なんと自分のメンタルは弱いのか。


登るどころではなかった。
惜しいとかですらない。
この岩がどういうものかすら分からないまま挑戦は終わった。


しばし、座り込んで綺麗な景色を眺める。
遠くには槍を目指していく登山者が多くいる。
強い気持ちで槍ヶ岳に挑戦してる人もいるのかな。

さらに経験を重ね、強くなればこの岩を登れる日は来るのだろうか?
メンタルも鍛え直さないといけない。
こんなところで座っている場合ではない。
そう考えて、さらなる経験を積むために、ボルダー群を目指した。


‐あとがき-
殺生ヒュッテ近辺でのボルダリングの翌日、槍沢にも足を運んだ。
スケールの大きな岩がゴロゴロとある。
その中でもひときわ目立つボルダーの被った面にラインが見えた。

ヤマダリングではずっと避けてきた被り。
昨日は敗退してから、意識的に被ったラインも登るようにした。
しかし、どれもガバをつなぐだけのスタティックなライン。

このラインは、スタティックな動きでは手に負えなさそうだ。
さらに苦手なヒールをしながらときている。
数トライするもやはり思いきれない。
大丈夫、ここしばらくヒールの強化をしてきたはずだ。
地道な練習を自信へと変え、思い切って核心の一手を出す。

思わずコンペで出すような大声が出た。
登り切った後も、今の一手が止まらなかったらどうなっていたのか?

それでもコントロール下にあったはずだよな?そう自問自答を続ける。

これで一皮むけたはずと岩に成長させてもらった満足感でヤマダリングを締めくくった。