北山アゲハ

忘れないために、忘れるために、振り返る

another7

2017秋

ボルダリングの目標としてはアゲハを掲げているが、登山の目標として掲げているものもある。

槍ヶ岳北鎌尾根

登山する人なら聞いたことあるのではないか。
西穂高岳奥穂高岳はかろうじて一般登山道と分類されることもあるが北鎌尾根は確実に違う。
2年前に西穂高岳から奥穂高岳に抜けた後からぼんやり頭に描いていた妄想。

バリエーションを登る人からしたら簡単なのかもしれない。でも登山とボルダリングだけの僕にとっては憧れの存在。いや、畏怖とも言うべきか。

ジャンダルムの時もそうだった。アゲハもそう。
困難に挑戦したい。限界に挑戦したい。

自分にとっての限界や困難に挑戦する人がクライマーだと思っている。(まあ僕にとっての定義やけど。)
レベルの高い低いは関係ない。
5段に挑戦する人もクライマー。
1級に挑戦する人もクライマー。

常にクライマーでありたい。

と言いながらジムではついつい限界グレード触らないで済ましてしまうときもあるが。


さて本題に戻って場所は上高地

6時
まだ人が少ない河童橋を横目に懐かしい道を徳沢の方へ歩く自然の美しさを感じつつもひたすら平坦な道を歩くので、頭の中はぼーっと考えごとができる時間。

10時
水俣乗越までの急登で多少の疲労感を感じつつ、今から始まる北鎌尾根の始まりに覚悟を決める。
一般登山道から外れるともはやそこは道でも何でもなく、ただの崩れる斜面。
一歩一歩慎重に降りるが、踏んだ場所が雪の斜面にいるかのように崩れていく。
20分ほど緊張感を保ちながら降りるとようやくガレ場に。遠くに先行者がチラチラ見える中、真っ白なガレ場をひたすら降りていく。

12時
北鎌沢出合
ここでようやく北鎌尾根へと歩を進める。まだまだ元気で涸れた沢を軽快に登り始める。
事前の情報によるととにかく右へ右へ。最後だけ左。
最後を右に行くとクライマーホイホイという名の危険なゾーンに入るらしい。

これだけの情報を頼りに登っていくが、岩は次第に大きくなり、もはやプチボルダー気分。
違うのはテントもいれた10キロ以上のザックを担いでいるということ。

いつのまにか岩場ではなく草に覆われたゾーンに入る。遠くから先行者の声は聞こえるが姿は見えない。左の方から聞こえてくる気がする。

その声をかき消すように県警のヘリも飛び回っている音も聞こえてくる。
県警のヘリは見るたびに嫌な感じがする。
剱岳のときも飛んでいて一人亡くなっていた。西穂奥穂のときは二人。
僕が北アルプスにくると同じ日に同じ山で人が亡くなることが多い。

嫌だなと思いながらもさらに登る。

なかなか北鎌のコルに着かない。
あれ、クライマーホイホイに突入した?
明確なルートはなく、どこも進めそうだが、どこも危ない。
崩れる斜面と草の根を掴みながらの登り。これは引き返すことは不可能。

自分の勘を信じて、クライマーホイホイではないことを願いながら、慎重に登り続ける。

13時半
青空が近づいてくる。ようやく稜線に辿り着くと、そこは狙ったかのように北鎌のコルだった。
合っていた。
疲労困憊の中少しの安堵感。
左の方からはテンションの高い声が聞こえてくる。どうやらシビアなルートの模様。
少し稜線を進むと、二人組のパーティーと遭遇。やはり左に逸れてかなり苦戦したとのこと。

人と出会えた安心感と勝手な仲間意識で少し話が弾む。
大西さん。この時に話をしただけだが、何か魅力的なクライマーだった。

ここから気を使う稜線を少し進むと、2.3メートル登る垂直に近い壁が出てきた。後ろを振り返るとそこは2.300メートル下まで見えるような崖。

北鎌尾根は基本的にペンキや鎖などの人工物はないのだが、ここには緑の細いロープがぶら下がっていた。
北鎌尾根を登るからには、人工物には頼らない。
登る前にそう決めていた。

それでこそ北鎌尾根だろう、と。

ふーっと深く息を吐いて、一手二手進める。
緊張感から一気に手汗が出てくる。

ふと、後ろを振り返ってしまった。
遥か下まで見える景色。さらに手汗が吹き出す。
手掛かりが見つからない。
勢いよく立ち上がればいい手掛かりがあるかもしれない。
思い切るか?
少し悩んだものの、再び下を見て思わず目の前のロープを掴んだ。

怖かった。

無事に帰りたい。それが最優先。
家を出る時にそう約束してきた。

ロープを掴むと体勢を整えやすく、いい手掛かりを掴むことができて、上へと這い上がる。
大きく息を吐くも休む暇はないので、再び歩き始める。

14時過ぎ
その後も緊張感のあるところを何度か越えると天狗の腰掛けに。上には程良いスペースがあって、もう少し進めるかもしれないけど疲れてテントを張ることにした。

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後から大西さんパーティーがきて少し言葉をかわしたら深く眠りに落ちる。

17時
目を覚ますと辺りは少し暗くなってきていて、天狗の腰掛けには一人。気持ちよさと怖さの両方をかかえてご飯を食べる。
サンドイッチを持っていたのだが、疲れもあってなかなか喉を通らない。
1切れ食べるのに5分ぐらい。そして1切れ食べると大きく息をして次のサンドイッチを睨む。

食べたくない。でも食べないとエネルギーがない。またも5分かけて食べて最後の1切れを持ったまましばし放心。
10分以上手に持ったまま固まってからようやく最後の1切れをねじ込んだ。

想像以上に疲れていることに気づくと、またも深い眠りに落ちる。

21時
何か人の声が聞こえたような気がして目を覚ます。
後から誰か来たのか?
おそるおそるテントをあけるも誰もいない。見えるのは満天の星空。

普段なら楽しむ星空も今日はその余裕はない。
疲れて風が人の声に聞こえただけか。
そう思ってテントに入って横になる。

目を閉じると、また声が聞こえてくる。
いや人がいるはずがない。
周りは全部断崖絶壁。

さっきの県警ヘリの音も頭にひっかかる。
聞こえたらあかん声が聞こえているのか?
気のせい気のせいと言い聞かせて明日に備えて眠る。

5時
流石に暗い時間にここを歩く自信はないので、この時間から準備。
テントを開けるとやはり誰もいない。
人の声は気のせいだったようだ。

テントを畳んで、北鎌尾根本番に向かうため天狗の腰掛けを降りる。

と、そこにテントが。
どうやら下にもスペースがあったらしい。
朝から拍子抜けとともに少し安心し、挨拶をすると独票に向かう。


独票基部
直登もできるらしいがトラバースを選択。
このトラバースの出だしにもロープがついていた。

今日は負けない。

ザレている足元に気を使いながら慎重に見えない足場へと体重移動をする。
右を見るとまたしても下の方まで見渡せる。
左にはロープ。
掴みたくなる気持ちを堪えて慎重に進む。

数歩で安全圏に。

喜びたいところだが、北鎌尾根本番は始まったところ。先へと足を進める。

その後有名な逆コの字の部分やチムニー(ここにもロープあったかな?使わなかった)を越えて完全に稜線に。

最高の景色が迎えてくれた。

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ここまで来て良かった。
疲れていた体にエネルギーが満ちてくる。

しばらくは槍ヶ岳を見ながらの最高の散歩。


30分ほど歩くとテントを撤収している人が一人。
もう7時過ぎているのに?

声をかけると元気がなさそう。
ゆったりですね、と聞くと、「昨日相方が落ちたんです」と。

え?落ちた?

「はい、この先で。」

もしかして昨日のヘリは?

「はい。亡くなったみたいです。」

かける言葉が見つからない。

「相方の方が登れる人だったんですが、槍に辿り着けるか不安です。」

槍に着くかが不安なのもそうだが、あの誰もいないような稜線で、相方が死んで一人でビバークするメンタルは想像を絶する。
仮に東が落ちて、一人でテントで過ごすなんて考えられない。

「何とか槍まで頑張ります」

この人は強いな。

その後、その先の相方が落ちたポイントを教えてくれた。
稜線を左からでも右からでもいけそうな場所。
聞いてなかったら左に行っていたかもしれない。その先はザレていて一気に落ちていったらしい。

ちょっとした判断ミス。
とも言えないぐらいの選択。
お礼と激励の言葉をかけて別れる。

最後までついてあげたい気もするが、こちらにもそんな余裕はなかった。

改めて恐ろしい場所に来たと気を引き締める。

険しい稜線のアップダウンを繰り返していると先行の3人パーティーに追いつく。
ガイド1人と2人の連れてこられている人。

石を落とされるのも怖いので、稜線のコブを登るのを少し離れて待つ。

「OKでーす!」

合図を聞いてコブに取り付く。
ここも悪いなあ。
そう思った瞬間だった。

「ラーーーーク!!!」
後ろから大きな声が聞こえるとともに、降り注ぐ石。
ラクの声で反射的に壁に張り付いたおかげで、ヘルメットに当たったのは小石のみ。それでもザックに拳の半分ぐらいの石が乗っかっていた。

心臓の鼓動が早まる音と、崖を落ちていく石の音が聞こえる。
直撃していたら崖に落ちていっているあの石と同じようになっていたかもしれない。

何がOKやねん!と珍しく怒りそうになったが、それ以上に後続の人が怒っていたのでかえって冷静になることができた。

もう、これぐらいのことでは動揺しない。
それぐらいの感覚になってきて、一人で稜線のアップダウンを繰り返す。

8時
濃い3時間。北鎌平につく。
槍がかなり近くなってきた。

さらにら槍へと近づくと、視界の片隅に何か動く影が。

オコジョだ。

初めてオコジョを見た。可愛くすばしっこく動く。たまに威嚇してくる姿もかわいい。
こんな何もない場所でどうやって生きているのだろう。
そしてこちらが一歩出すのもしんどいというのに何でこんなに駆け回れるのだろう。
野生動物は逞しい。

オコジョにも別れをつげると、槍の穂先に取り付く。
まずはカニのハサミへ。

少し神経を使う場所もあるが、ここまで来たらさらに集中するのみ。

穂先に近づくとどこからでもいけそうな気がする。
ただその選択を誤ると行き詰まるかもしれない。
ボルダリングだとすると余裕でいける気がしてしまう。普段のノリでデッドで手を出したくなるけど、出た先のホールドが悪かったら終わり。
少し登っては、いや、さすがにこのルートじゃないかと、降りる。

取り付き場所を変えると、スルスルっとあがれる場所がある。
危ない、こっちが正解だったか。
さっきのところを突っ込んだらどうなってたのかと考えるのも恐ろしい。

さらに慎重に登り進める。

灰色の岩で覆われていた視界が、青空へと移り変わる。

目の前にはもう岩はない。

槍ヶ岳の祠が足元に。


大勢の人がいると思ったその場所は無人で、改めて一人で登ってきたことを実感する。

自分と槍ヶ岳しかない世界。

3年前には少し不安を感じていたこの山頂のスペースが、とても安心できる場所に変わっていた。

少しは成長できたのかな。


北鎌尾根


登ってよかった。
ひたすらに自分と向き合える場所。

やりきった。
これ以上はない山行。

とても怖かった。
もう二度とくることはないだろう。

そう思うと少し寂しくも感じながら北鎌尾根を最後に目に焼き付けて、梯子をおりる。



槍ヶ岳 北鎌尾根