北山アゲハ

忘れないために、忘れるために、振り返る

月光P day27

2022/12/10

 

数トライでアゲハに登るクライマーはここに何を見出すのかと気になり、思いきって中川さんにDMを送ると、セッションを快諾してくれた。尊敬するクライマーとのセッションを楽しみにウキウキで北山公園に。

 

五段を登るクライマーは北山公園の地味な課題をどう見るのだろうか。二人ともブースティックで始まるが気温が高いのかしっくりこずに中川さんはVSRに、僕はドラゴLVに履き替える。

今日はこちらの方が相性がいい模様。

 

ただ中川さんでも左スタンスの形状が悪いときは二手目が取れない様子。このレベルの人が動けないのであれば、やはり形状悪い時はどうにもならないのか。自分が弱くなったとへこんでいたが、そうでないことが分かり気持ちを持ち直す。

 

左スタンスがいい形状になると今シーズン初めての2手目どりに成功!ノーハンド気味に立ち上がるこの感じが懐かしい。

3手目を取ると左足上げにかかるが右手が外れてフォール。

中川さんが見た感じだと、やはり右足が今の位置ではコブには届かないから初手にあげる必要があるだろうと。厳しい戦いになりそうだが覚悟が決まった。

 

フェースは進まないが折角来てもらったのでカンテもセッションすることに。中川さんは数トライで解決。さすがとしか言いようがない。

 

さらにまさかの来週宮川も約束してこの日は終了。昨シーズンの最高高度まで戻って大満足の一日だった。

月光P day26

2022/12/3

 

ようやく冬らしい気温に近づいた感じがしてきた北山公園に。しばらくは気温も高かったので矢掛でエイプリルフールにリベンジしたり、長崎で砂浜の綺麗なワイドクラックを登ったりとしていたが、本格シーズンの始まりに気を引き締める。

 

前日に雨は降っていないが、岩はややしっとりしている。1月空いただけで取り付くときに緊張感がある。感覚が鈍ったのかスタートもいまいち決まらない。そして危惧していたとおり左スタンスの崩壊が進んで2手目を取りに行くムーブが起こせない。

 

そして3手目を取りに行くと左足が切れてしまう。スタンス崩壊の影響か。このまま左スタンスが削れていくと3手目が届かなくなる気がする。課題として成立するのだろうか。絶望感に包まれる。

 

沈んでいても仕方がないのでできることを進める。まずは初手のホールディング。今まで少し適当だったが、粒の位置まで特定させる。小指は外して中指中心がかなりしっくりきた。

しかし、そのホールディングでも2手目は取れない。またしても絶望する。

 

とりあえずは3手目と思っている右ピンチを使わないムーブを検討することに。他に考えつくのは、面の変わっているところまで飛びつくか、何とかして左足を初手にあげることか。

 

どちらもできる気はしないが、家でカザハナの4mmカチを触っていたからか、2手目をあまり悪いと思わなくなったことが収穫か。

 

買える前に藤原さんに北山アゲハの本を渡し、将棋スペシャルの初手取ってから落ちて帰途につく。

アゲハには前回会った佐藤さんがいて、前に話したクライマーはやはり中川翔一だったとのこと。やはりあのレベルだと簡単に登るのか。それならプロジェクトも簡単に登るかもしれないな。

月光P day25

2022/11/5 

指皮が薄いながらも荒れてる感がなくなっていい感じかもと期待しながら昼前に北山公園に。

気温は低くないが、コンディションは悪くない。

 

アドスラに向かうが、いつもどおりほぼ触らない。代わりに初めて月影を触ったが可能性は感じない。

月影には北山公園でよく会う打ち込みクライマーの佐藤さんがいた。

「この前アゲハを小一時間で登った人がいたんですよ。大阪のクライマーで10年ぶりぐらいに北山に来たらしいです。髪色の派手な同年代のクライマーでした。」

 

5年かかる課題を1時間で登る人がいるのか。そもそもそのレベルはプロクライマーか。誰だろう。あり得るとすれば翔一さんか。

そんなことを考えながら月光岩に向かうが、やはり暑くてパリッと感はない。しかし先週のブースティックでの離陸率が100%だったこともあり、今日こそは打開できるのではないかと期待に胸を膨らませる。

1トライ目で早くもブースティックの離陸率100%は崩れる。最初はドラゴでやれば良かった。それでもブースティックの安定感はすごく、離陸の左足あげのときに右足の滑る感覚がなく、痛みもほとんどない。やはり靴は重要だ。

離陸は決まり、初手どりも安定するのだが、2手目が取れない。どうにも左足に乗り込むことができない。コツを忘れているだけかと思い、2手目取りで落ちてもすぐにバラシでトライするということを繰り返す。

 

先週安定しなかったバラしも比較的安定しているが、その後の右足がやはり踏み込めない。去年はどうやって踏んでいたのか。結局3手目が持てていたのか。全てのホールドが悪く感じて身動きが取れない。

 

繰り返しているとスタートの左足が大きく欠けた。もう3手目に届かなくなるのではないか。課題として成立するのか。

 

まだ二日目というのに、急激にモチベーションが下がってしまった。やはり一人は苦しい。気分転換の岩がないのも苦しい。

月光P day24 season2

2022/10/29

体調は良くないが、そろそろシーズンインしたくて北山公園に。能勢の岩デビューも兼ねて待ち合わせをしていたが、目を覚ますと待ち合わせの20分前だった。人生で3回目の寝坊かと思いきや、能勢から遅れるとの連絡。寝坊にはノーカウントとしておこう。

 

前シーズンの終盤に、結局は細かいスタンスを踏むことが重要ではいかと思い、シーズンオフは足の強化に努めてきた。日常的にビボベアフットを履いて足の力を鍛え、扁平足だった足に少し土踏まずができてきてもいる。ロックビーンズで室岡さんに教えてもらったとおりのスクワットを毎日のようにした。靴もブースティックとニュウトロレースを用意。ワラーチでランニングをするようにもなった。

 

足に関しては万全の準備をしてきたこともあり、まずはアドスラで腕試し。相変わらず進まないもののブースティックの感触は悪くなく月光岩に向かう。

 

懐かしいようで、最近までこの場所にいたような不思議な感覚。

穏やかな気持ちでまずはニュウトロレースで取り付く。やはり右足の入力がターンインしていないことの違和感がある。そして硬くて厚めのソールのはずなのに何故か親指が痛い。

そそくさとブースティックに履き替える。キレイに離陸の左足が決まった。安定感がドラゴLVよりはるかにある。

3分の1程度だった離陸の確率が、この日に関しては100%である。靴の違いは恐ろしいものだ。

 

気分良くモンゴル800の『月灯りの下で』を歌っていると能勢が現れた。

 

朧月を触ったりもしながらトライを再開。

しかし2手目が出ない。初手が悪くなっているのか?いや、つい握って引こうとしてしまっているだけだ。

そしてバラシでの2手目も取れない。これも感覚が鈍っていただけなのか、最後にはできるように。

しかしあっという間に指皮はボロボロに。

 

最後は能勢の将棋入門を見守りながらスペシャルに挑むも完全に感覚を忘れていて敗退。

自分の北山デビューは岩があまり好きになれなかったが、能勢は好感触で一安心。

 

体調がすぐれなかったこともあり上々のスタートとはいかなかったが、まずまずの出だしにはなった。

シーズンは始まったところ。絶対に登る。

 

 

北穂東稜 決意のジャミング

北穂高岳東稜

 

数年前から存在は認識していたものの、ロープを使って登る人も多いことから考えないようにしていたルート。

槍ヶ岳北鎌尾根はバリエーションルートだがロープを使う人はほぼいない。でも北穂東稜は多くの人がロープを使って登っている。

基本的に自分の挑戦的登山をするときは単独で登る僕には縁がないルート。そう考えていた。

 

2022年夏

北アルプスに行くようになってから、2年に1回ぐらいは自分の限界に挑戦する登山をしてきた。でも2年前に北鎌尾根に登ったときに怖さを感じたこともあってか、それから挑戦をしていない。この夏も黒部五郎岳でボルダーを楽しんだり、北岳を日帰りで登ったりと山そのものは楽しんでいたが、挑戦はしないつもりだった。

9月に入ってからも3連休が2つもあるのにも関わらず、特に山の計画は立てていなかった。この夏の山行を共にした能勢は、初めて一人で北アルプスに向かうと言う。それも上高地から北穂高槍ヶ岳を通って表銀座を燕岳に抜ける4日間のコース。

 

まさに冒険だな。

 

僕はこの冒険心を失っていた。やっぱり冒険がしたい。それに相応しい山を探そう。最初に思いついたのが南アルプスの鋸岳。一般登山道ではないが破線ルートで南アルプス最難関とも言われている。よし、登ろうとやる気をみせたが、土砂崩れの影響でマイカーが入れない状況になっている。今年はやめてまた今度にしようか。

 

でも冒険がしたい。

そう考えると心の奥に蓋を閉じて直していたはずの北穂東稜が飛び出してきた。一度飛び出してきたそいつは、箱に収まることはない。北鎌尾根のときもそうだった。

 

そうと決まれば後は計画を立てるのみ。

選択肢は3つ。

①涸沢にテントを張って空身で東稜

②北穂小屋泊で上高地から一気に東稜

③涸沢ヒュッテ泊で体調万全で東稜

 

ギリギリまで悩んで選択肢③を取ることにした。そしてさらに挑戦度合いを上げるために、北穂→奥穂→前穂を追加。登攀技術とメンタルの挑戦に加えて、少し衰えを感じる体力にも挑戦することにした。

壁は高ければ高い方がいい。油断するとすぐに逃げてしまいそうになるメンタルに気合を入れるためにも2日目の山行を長くした。

 

連休が近づくと、新たに台風発生の情報。天気には抗えないので計画を1日ずらす。雨の中登る自信はない。

 

休みを利用していつもより早くあかんだなに着くとしっかりと仮眠をとる。4時に目を覚ますと雨。大丈夫、晴れるはず。雨雲は弱気な心につけ込んでくる。強気な思いで上高地につくと靄の中だが、雨は降ってはいない。

まだ6時。

夜中まで大雨警報が出ていたことを考えると上出来だ。そう思って涸沢へと歩き始める。上高地は横尾までの区間がなかなか好きになれない。退屈なこともあって早足で歩き続ける。

 

7時半。

横尾は何度も通っているが、この橋を渡るのは9年ぶりか。福田さん、釘やんと登ったとき以来。あのときはテントに加えて水を6キロも担ぐという意味不明なことをしていたので、この時点でしんどかった。今日は小屋泊装備。軽快な足取りで橋を通過する。

 

9時過ぎ

涸沢着。早すぎた。遠くに青空はチラつくが涸沢カールはガスに包まれている。小屋の受付を終えるとカレーをいただく。小屋泊は快適だ。

 

10時

涸沢カールが姿を見せ、穂高連峰も少しずつ見えてきている。涸沢に点在するボルダー。よし、ヤマダリングをしよう。荷物の軽量化は測ったが、クライミングシューズは持ってきた。

涸沢に広がる岩の海は遠近感を狂わせる。いい感じのボルダーだと思って近づくと思いの外小さかったり、逆に大きすぎて手がつけられなかったり。マットがなかったこともあり、被った岩はあまり触らなかったが、1級はあると思われる垂壁フェースのカチラインを登れたので満足。

 

12時

そうこうしていると頭上から雲は全て消え去っていた。遠くに見える常念や大天井。目の前をぐるりと囲む穂高連峰。訪れる登山客がみな歓声のようなため息のような声を出す。

 

昼寝をしたり、山岳警備隊の人に東稜の情報を聞いたりしたりと絶景に囲まれた時間を過ごす。東稜は稜線に上がるまでが落石が多く非常に危ないので気をつけてくださいとのこと。その情報を聞いてさらに出発時間を早めることにして眠りに着く。

 

3時40分

アラームの1分前に目が覚める。身体の感覚は良さそうだ。ヒュッテの外に出ると涸沢カールに落ちてきそうなほどの満天の星空。天気は申し分ない。テント泊の人達が準備をする横を北穂に向かって歩き出す。バリエーションルートに入ってからが本番なので、それまではゆっくり登って体力を温存しよう。

 

4時20分

バリエーションの分岐あたりに来るも暗すぎてトレースもケルンも見えない。ガレ場を誤った方向に進んで浮石だらけのゾーンに突っ込むことは避けたいので岩陰で日の出を待つ。満天だった星空が薄くなり、大天井岳の向こうが明るくなってきている。

三日月よりさらに細い月が見えている。街中では見えることはないぐらいの細くて薄い月。山の中にいることを実感する。

 

4時45分

少しガレ場が見えるようになってきた。これ以上止まっていると身体が冷え切りそうなので再び歩き始める。踏み跡はあまり見えていないが、山岳警備隊の方に教えてもらっためざすべき場所は分かる。落石を起こさないように慎重に登り続ける。

Y字の右俣に入ると、草付きの岩場に。ここで雷鳥が出迎えてくれた。そして親切にも道案内。雷鳥の後を追いかけると稜線はすぐ近くに。最後の方で人間は到底行けそうにもないゾーンに突っ込むのでお別れ。野生動物は本当に逞しい。そう考えながら稜線にあがると、狙ったかのようにご来光が待ち構えていた。

 

朝焼けに染まる北アルプスの山々。その真っ赤に染まる東稜に取り付く。調べていた情報だと最後の懸垂下降ポイント以外にもところどころ巻道があるらしい。

でも、負けない。そう自分に言い聞かせてひたすら稜線の先端を歩く。両サイドは数百メートル下まで見渡せる。今まででもトップクラスの高度感。もちろん鎖はない。岩が崩れないか確かめながら一歩ずつ慎重に進んでいく。

今にも崩れ落ちそうな岩を動かないか確かめて進むが、ついつい息を止めてしまう。ときどきロウソクを吹き消すように強く息を吐いて呼吸を整える。

常に槍ヶ岳を遠くに見ながら、ガバを握りしめて慎重に登り続ける。

気がつくと最後の懸垂下降ポイントについていた。手前に右に巻きながら降りる道がある。まずは確認するために下を覗きに行く。安心できる場所までは10メートル近くあるだろうか。角度も垂壁に近い。上から覗き込むとその先の数百メートル下まで見渡せるため恐怖感が増す。

こんなところをクライムダウンできるのか?一瞬巻道が頭をよぎるが、しっかりと振り払う。仮にもボルダラーの自分が降りれないはずがない。そう言い聞かせると、岩の方を向き、空中に体を出す。

一歩二歩。二つの大きなクラック沿いに降りてみるとスタンスがある。いけそうだ。息が止まらないようにしっかりと深呼吸をする。

あと少し。そこまで来たところでスタンスが見当たらない。遠くにはあるが、今掴んでいるホールドだと届きそうにもない。他にホールドを見つけることができない。登るか?いや無理だ。慌てそうになる心を沈めて、冷静に辺りを探す。気持ちの持ち方が、熊野でのハイボールの経験もいきてきている。 それでもホールドが見当たらない。

そうか今使っているのはクラックだ。肩が入りそうなほどのクラック。ボルダリングで経験のあるハンドジャムをするには広すぎるが、迷わず右肩を下げて腕を突っ込む。腕を90度に曲げ、前腕を倒してスタックさせる。その技術の名前も分からないが確かに固定されている。これで左手は離せる。左手で下の方のホールドを押さえて再び右腕はジャミング。左足を伸ばすと何とかスタンスに届いた。

 

標高3000メートル付近でのやったことのないジャミング。

それは決死のジャミングではない。

決意のジャミング。

死ぬ覚悟があって無茶をしているのではない。ジャミングが滑ったら死ぬ、怖い、そういう弱気な自分をコントロールして、これなら自分にできると信じて出す一歩。

 

安全圏に降り立つと深く息を吐く。

見上げると北穂高小屋が上の方に見えている。

 

まだ終わりじゃないぞ、これから奥穂高、前穂高もめざすんだ。こんなところで油断するなよ。そう自分に言い聞かせて北穂高小屋へと登り始めた。

 

後書

長くなりすぎたので、北穂→奥穂→前穂は書かないが、晴天に恵まれて最高の山行となった。前穂高山頂に着くと北尾根から重い荷物担ぎながら登ってきた人達がいる。改めて自分は大したことはしていないと痛感させられる。それでも自分ができることをする。それが自分にとっての冒険と挑戦だ。

 

 

黒部五郎岳 ヤマダリング

「マットがあったらあの一手を出せたのに」
そんな言い訳をしたくなかった。

4月にスカイハイのイベントで草野さんの北アルプスボルダリングツアーの話を聞いて以来、山上でのボルダリングがずっと頭から離れなかった。

登山も好き。
ボルダリングも好き。

たまにどっちが好きか聞かれることがあるけど、それは「仕事と私どっちが大事なの?」と同じぐらい答えに詰まる質問だ。

そんな大好きな登山とボルダリングを両方兼ね備えた山のボルダリングことヤマダリング。草野さんの話を聞くまでは、北アルプスでボルダーをすることはあまり考えたことがなかった。

登山は登山、ボルダリングボルダリング。勝手に自分で分けていたけど、広い括りでいくとどちらもクライミング。本来線引きする必要なんてないはず。

ヤマダリングすると決めるが不安はある。普段から一人で登ることが多い自分にとっては、身を守ってくれるスポッターがいないと、守ってくれるのはクラッシュパッドのみ。
でも黒部五郎岳までのコースタイムは最短でも11時間ある。そんな道のりをマットを担いでいく体力は持ち合わせていない。

ノーマットで登るべきか。
そんなときに粉末ラジオで話をしていた、クライムヘッズのEOLを思い出した。前に御岳でズミさんがお勧めしてくれていた、小ぶりなマット。調べてみると重さは約2.3キロ。
テントより少し重いぐらいか。これならいける。迷わず作成をお願いした。

マットが完成すると、北アルプスの前に摩耶山でテスト。ザックのさらに後ろにマットをつけるため重心が後ろにくるので、やや歩きが辛くなる。それでもいけると判断して、黒部五郎岳でのヤマダリングを決定。あとはひたすら天気予報と睨めっこを続ける。
梅雨末期で翌日の天気予報もろくに当たらないなか、連休の天気は雨の予報。

それでも晴れ男の力を信じて突っ込むことに。最短ルートである飛越から入山。飛越新道のぬかるみの次元を超えたタプついた道に苦しみながら北ノ又岳に着くと青空が出迎えてくれた。

そこから見える黒部五郎岳。あの向こうまで行かないといけないのか。マットやらクライミングシューズで、小屋泊なのにテント泊装備より重い荷物を担いで疲れはてた両脚が嫌がっている。

疲れてはいるものの、テンションは上がっていて急ぎ足で黒部五郎岳へ。稜線歩きは気持ちよく、気づけば黒部五郎岳。眼下に広がる黒部五郎岳カールにはボルダーが文字通りゴロゴロと転がっている。

その中でも一際目立った雷岩。
上から見ても一軒家より大きいのではないかと思うサイズの岩が真ん中で真っ二つに割れている。
あれに登りたい!そう思うと無意識に口笛を吹きながらカールへ降っていく。

手頃な岩でアップを済ませると、目当ての雷岩へ。近づいてみると想像以上の大きさに圧倒される。

まずはぐるりと一周。グッとくるラインを探す。正確にはグッときて、自分が登れそうなラインか。
一周すると、被っているところにガバカチを繋いでガバに思いっきり出る気持ちのいいラインを発見。

これは登りたい。
そう決めると核心の一手で落ちそうなところにクライムヘッズのマットを設置。
下には石も転がっていて、マット無しでトライするのは躊躇われる。特に北アルプスの岩は普段からボラダラーが取り付いているわけではないので、岩が安定していない感じがする。

その不安を消す。
「マットがあったらできたんだけどなー」その言い訳という退路を自分で断つ。そんなダサい言い訳はしたくない。

意を決して集中すると岩に取り付く。
一手目。
右手を止めた瞬間、ガバカチと思った自分を恨む。130度ぐらいあるのは計算してなかった。
二手目。
同じくガバカチとは言えない。急いで次の手を出すと、縦カチを取って核心の一手に備える。

縦カチが抜けそうだ。
飛び出せるか。
大丈夫、すっぽ抜けても、核心取り損ねてもマットがある。

思い切ってガバに飛び出すと、気持ちよく身体が振られて止まった。

これはガバだ。

そのままクラックに沿って右に上がるとマントルの体勢に。この下にはマットはない。
一度マントル返しかけるも抜けて落ちそうで怖くて、身体を落としてから、さらに先でマントルを試みる。
岩がかけないか慎重に確かめながら、苦手なスローパーを抑えてマントルを返すと、一歩ずつ噛み締めて岩の上へ。

課題なんてない。
グレードもない。

ただカッコいい岩の登りたいところを登る。

普段の岩場では、既に課題が存在して知られていて中々できることではない。
標高2500mの山の上だからできること。

長い時間かけて登ってきて良かった。そう思って、撮影した動画を見返す。


核心の一手でマットに足を擦っていた。












熊野 不退転のハイステップ

2022/2/22

アゲハのためのブログを作ったけど、せっかくなのでこれからも何か書いていこうと思う。

2が並ぶ寒波の平日に熊野へ。

2週間前にも福田さんたちと熊野に来ていたのだが、その時に久しぶりに見た岩が登りたくて、休みを取って再び訪れた。

前回は、夕陽の丘エリアで木漏れ日SDやマッコウクジラを登ったりしていたのだが、帰り際に2018アシュラエリアの顔となる岩を見るだけ見ようと言って、見上げに来た。


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相変わらずの圧倒的な姿。


映画の中のような、現実とは思えない光景に感じる。

はるか昔は左右の岩はくっついていて、それが割れたところに大木も生えてきている。


人間の時間の流れとは違う、地球の大きな時間の流れを感じさせてくれる。



この岩に初めて出逢ったのは、2018年の秋。

ヒロキチさん、あややさんとレッドブルアシュラの本戦で訪れた時だった。


レッドブルイベントのためにKBAの方々が開拓してくれて、苔の多い熊野で、この巨大な岩もキレイに掃除されていた。

ワクワクするようなイベントでKBAや運営の方々には本当に感謝している。


この時は、真向鯨に一目惚れしていて、その初登に夢中だった。この岩にも挑戦したが、3分の1の高さで怖くなり、マットもスポットも潤沢だったのに登ることができなかった。


こんな岩は、自分には登れない。

そう考えていた。


それから2年後。

岩にどんどんのめり込み自信もつけていた僕は、アゲハのシーズンが始まる前に福田さん、くぎやんと再び訪れた。


色々な課題で一通りセッションすると、成長を確かめたくなり、再びこの岩に取り付く。


福田さんは、岩場一緒に登ってきた時間が最も長く、一番信頼するスポッターでもある。

小川山のエイハブ船長のリップからマット外に飛んで行く僕を、キレイにコントロールして何事もなかったかのように着地させてくれたこともある。


福田さんのスポットとアドバイスがあれば登ることができるかもしれない。

そう考えて取り付くと、思い切って立ち上がって行く。

2分の1ぐらいまで来ると、その先にホールドが見当たらない。下を見ると今までに感じたことがない高さ。


やはり無理だ。


そう思って、重ねてもらったマットに飛び降りる。2重のマットでも腰にくるダメージ。


やはりこの岩は僕には登れない。


そう思って自分の感情に蓋を閉じた。

これほどキレイな岩なのに、自分には登ることができない。まさに映画の中の世界で、別物だと思うことにした。



あれから1年半。

そこまで時間が経った訳でもなく、クライミング能力が大きく成長したとは思えない。


アゲハに登った。ただそれだけ。


2週間前に岩を見上げた時に、蓋をしたはずの感情が膨れ上がって漏れ出してきた。


やはり登りたい。


話が少し逸れる。

少し前にクライミング界隈で話題になっていたクライミングスタイルの話。

ノーマットスタイルこそ至高という雰囲気に、疑問を投げかけていた愛読ブログの『いちゃりばちゃーでー』


マットもたしかに影響は大きいが「人」の要素の方が大きいのではないか。とはいえセッションを否定するものではない。登りたい岩があるのなら、2人だろうが1人だろうが登る。


まさにその通りだと共感していた。


僕は普段ノーマットで登ることはない。

単に勇気がないからだ。

でもセッション相手がいなかろうが、登りたい岩は登りに行く。



そして、この大きなスラブを登りたくなってしまった。


ようやく、冒頭に戻る。

朝から粉末ラジオを聴きながら熊野に向かう。ちょうど熊野の手前で、熊野の大忘年会の話題になっていた。


何かいい気分になって車を止めると、マットを2枚担いで岩に向かう。


アップもそこそこに岩の前に立つが、あまりムーブを覚えていない。

前回どこまで行ったかもいまいち分からない。


上の方を見るが、ホールドを見つけられず、ラインが見えてこない。

とりあえず取り付くしかない。


1トライめ。

3年前に到達した地点ぐらいで、やはり怖くて飛び降りる。

この高さならまだ大丈夫。仮にスリップしてもマットの上なら問題ないだろう。


2トライめ。

1年半前同様2分の1程度まで到達。

上がってきたものの、明確なラインとムーブが見いだせない。

手を伸ばして持っている1センチほどのホールドに立ちあがるしかないのか。


ふと、下を見ると、マットがかなり小さくなっている。前にもこの高さまできたはずなのに、一人だからか、より小さく感じる。


だめだ。

そう思って何とか少しクライムダウンをして飛び降りる。



やはり自分には無理なのか。

いや、何しに4時間近くかけて熊野まで来たのか。

そんなことを考えながら、マットに座り込む。


平日ということもあってエリアには誰もいない。上部で落ちたらただでは済まないだろう高さ。

脚を負傷程度にとどまったとしても、助けてもらえる人はいない。

それが恐怖心を増幅させる。


大きく深呼吸をして、温かいお茶を飲む。


絶対登れる。


そう言い聞かせて、岩を見上げる。


3トライめ。

先ほどよりスムーズに2分の1の地点までたどり着く。

しかし、スラブにおいてはガバである1センチほどのホールドを離すことができない。


それでもそのホールドに立ち上がったら、その先にある小さなピンチに届きそうな気がする。

ただ、このホールドに立ち上がったらもう戻ることはできない。

クライムダウンできるようなホールドはないし、落ちたら大怪我、変な着地になったら死ぬかもしれない。


そして、このホールドに立つにはハイステップで乗り込むしかない。


下は見ず、湧き上がる恐怖心を全て殺して、右足をあげる。

少し乗り込んで左足を切ると、小さなピンチに届く。


やばい、見た目より悪い。

このホールドでは身体を引き上げることはできない。左足に戻ることはできない。身動きが取れない。


冷や汗が出てきそうだが、深呼吸をして抑え込む。焦ってもいいことはない。


改めて使えそうなホールドを探す。

左は既に探したし、右に探すか。と思った瞬間思わず2度見をした。

僅かだが使えそうな粒がある。

ボルダリング中にホールド2度見したのは初めてかもしれない。


思い切って、デッド気味に左手を見つけたホールドにあげると、思い切って立ち上がる。


立ち上がって見ると、リップは近い。

届くはず。

踵をあげて左手を伸ばす。


リップを取るが、焦って足の荷重が抜けないように、息を吐く。

冷静にマントルを返して、岩の上に。



自分に勝った。



大きく声をだすと、2回手を叩く。



自分がここにいることが信じられなかった。




書き出すとめっちゃ長くなってしまった。

これを最後まで読む人は、おそらくいないだろう。


そんな人に一つ伝えることがあるとすれば、この文章はここまでに2を22回使っているということ。


そんな2並びの日だった。